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人生想定外ばかり!30代ワーママが在宅副業で新たな道を切り開く

はじめまして✨さやかです!

本日はWebサイトにお越しいただきありがとうございます!

私は、山に囲まれた田舎で2人の子どもを育てながら
今よりもっと子どもとの時間を大切にしたいと思っているワーママです

実は去年まで、リスクの少ない安全な人生を歩くことこそが
生きていく上で一番大切だと思っていました。

現在、医療職の経験のみで一般企業で働いたことのない私は、
働くことは生活のため・家族のために仕方がないことで
普通のことだと思っていました

こんなお悩みありませんか?

・子どもと過ごす時間を大切にしたい
・急な保育園からの呼び出しでもすぐ迎えに行ってあげたい
・子どもに寂しい思いをさせてないか不安
・職場の人間関係がストレスになっている
・このまま、あと30年も同じ仕事の繰り返しで楽しいのか?
・楽しく私らしい人生送りたいけど何から始めたらいいの?

実はこれ、すべて私が悩んでいたことです。

30代になり結婚も子どもも仕事もある。

順風満帆な人生かもしれない。

でもなにかモヤモヤする…

そんな感情に目を逸らし、「私は今のままで幸せだ!」と自分に言い聞かせ
現状維持を好んでいました。

 

そんな私がこのまま人生終わりたくない!

生死を彷徨った経験から人生もっと楽しく生きてやる!

子どもたちに”母かっこいい!”と思ってもらえるよう背中で語るんだ!

そのために、こんな目標を掲げました。

Webマーケティングスキル0から本気で勉強して、
1年後に在宅副業で月収20万円達成する

そして人生の選択肢を増やす!

ちなみに現在の私は、キーボードを見てしか文字が打てないほどPCスキルはありません。

そんなスキルがない私がなぜ在宅副業にこだわるのか
そしてWebマーケティングが必要だと思ったかなどお伝えできたらと思います。

近しいことで悩んでいる女性の参考になれば嬉しいです。

ちなみに在宅副業で安定して月収20万円達成後は、
在宅ワーク1本で2年後月収50万円を目指します🔥

プロフィール

 名前:さやか
 年齢:30代
 家族:大学時代から一緒にいる夫、5歳の👦と2歳の👧
 資格:診療放射線技師(医療職)
 趣味:旅行、美味しいものを食べる事、子どもの写真の整理
 好きな食べ物:だし巻き卵、みたらし団子、プリン
 好きなキャラクター:イッカネズミ(ポケモン)、ハンギョドン
 好きなアーティスト:Aimer、YOASOBI

誕生〜学生時代「親の期待に応えて、安心安全な人生を送る!」

誕生〜幼少期

私は、岐阜県の山に囲まれたとても暑い地域で3兄妹の中間子として誕生。

生まれつき心臓が弱く、幼少期は入退院を繰り返しながら成長。

幼少期の私は親に、「行事に参加できれば十分」と言われ、成果を期待されることはなく
ただ無理をしないように「笑顔でいてくれさえすればいい」とよく言われていました。

そんな私の母はキャリアを捨て就学するまでは専業主婦へ

そして母に「あなたのために仕事を辞めた」「後悔はしていないけど続けていたら今の暮らしはしてないね」と言われたことがあります。

私のせいで母は生き方を変えてしまった。

申し訳なさしかありませんでした。

母が私のためにそこまでしてくれたのだから

子どもとして”いい子”でいなくてはいけない。

親の望むような子どもを演じながら、不安にさせないよう

常に笑顔でいなきゃダメなんだと勝手に自己暗示をかけていました。

笑顔でいれば周りの大人は安心したような顔をするから…
無理してでも笑っていた記憶があります。

私にとって笑顔でいることは、自分を守ることになっていきました。

とても大切にされていたけど
親の顔色を伺って笑顔を絶やさないように、いい子でいなきゃ
いけないというプレッシャーを抱えた子ども時代でした。

人生初の分岐点

学生時代、何か秀でた特技もなく勉強も中の中。

進学校に通っていた私は、次の進路を考えなくてはいけない時期になり焦りました。

「どんな大人になりたいの?」
「どんな仕事をしたいの?」
「どんな人生を歩むの?」

漠然と社会人になれば働き、結婚して子どもを産んで…

のようなよくあるパターンしか思い描けなかった私は、

自分が何を望み、どんな未来がワクワクするか考えるより先に

親の顔が浮かびました。

親が納得する進路にしないといけない。どうしたら喜んでもらえるだろうか?

すごく悩んだ末、私が選んだ進路は医療系。

それは親が喜びそうで心配しない安心安全な進路。

小さい頃から身近な存在で食いっぱぐれることなく生きていける間違いのない進路。

そう考え、命を救ってもらった恩を自分が医療の分野に進むことで
誰かのために私でも人の役に立てるのではないかと考え決めました。

でも王道の看護師という選択はせず、マイナーな診療放射線技師という職種を選びました

意外ですよね…
実は、注射が極端に苦手だったからです。

小さい頃、注射をされすぎて皮膚が硬くなり

それでも必要だからと刺されて、今では結構なトラウマです💦

そんな浅はかな理由で看護師になることはしませんでした。

こんな理由で決めた進路でしたが、大学の授業は難しいけど楽しかった!

診療放射線技師の仕事のメリットは、さまざまな検査に関われることです。

CT ・MRI・レントゲン撮影・マンモグラフィ・超音波検査
血管カテーテル治療・手術室・内視鏡TV…

他にもいろんな検査があり
検査画像からいろんな病気の症例を学べた!

在学中に猛勉強し、国家資格を取得。
無事に大学を卒業し、安心安全な就職先に就職することができました。

両親はとても喜んでくれて、
私の学生時代の「親の期待に応えて安心安全な人生の一歩」という目標は達成できたのです。

幼少期の経験から親が安心しそうな進路を決めた。
でも、一つ目標があったことでそれに向かって努力する楽しさを知りました。

社会人「理想と現実のギャップに絶望」

就職して晴れて社会人

就職活動を経て、救急医療に特化した総合病院へ入職しました。

期待に胸を膨らませ入った部署では、激務に追われながらスキルアップのための
新たな勉強に毎日が目まぐるしく過ぎていく日々。

患者さんを直接検査するからこそ「病気を見逃してはいけない」「ミスは許されない」と
プレッシャーを抱えながら仕事に向かい合ってそれなりに充実していました。

ただ激務…

28時間くらい病院内にいて業務。少しの休憩。

12連勤はよくある日常。

当直明けは、深夜0時から8時間以上働いているのに休日扱い。

有給はほとんど流れ、取得するために理由を言わないといけない。

医療従事者が病院に住んでいると言われる理由が
ここにあるのかもしれません。

最初の数年は、覚えることだらけでただ一生懸命働いていましたが
少しずつ違和感を感じるようになりました。

ただ、自分が望んで決めた職種だったため
簡単に辞めるなんて考えもしませんでした。

最初の職場だったこともあり、おかしいなんて思えなかった。
それが人のために働くことだと思ってしまった。

今の職場はブラックだが社会保険の厚生年金&ボーナスなど生活するには困らないお金や会社に守られている保証があり生きる上での安心を手放せなかった。

結婚・妊娠 〜ハラスメント地獄〜

忙しく働いていた私も20代半ばで結婚。

職場は男性が8割を占める部署。

結婚報告で、お祝いしてくれる方ばかりでいたが
快く思わない人もいました。

女性上司が結婚の報告したあたりから、態度が変化。
その年で結婚なんて失敗したようなもの」
「結婚したら自由がなくなるから、まだやめておいた方がいい」「どうせ離婚する」

2人きりのタイミングを見計らい、こうした言葉を直接言われ続けました。

信頼し尊敬していた方だったのでショックが大きかったです。

「なぜ、ひどい言葉を言われなきゃいけないのだろうか?」
「私はなにか女性上司に悪いことしただろうか?」

いろいろ考えを巡らせて、気持ちがかなり落ちました。
(ちなみに女性上司は、独身未婚で結婚願望がかなり強い方)

結婚後少しして、妊娠

めでたいことでしたが、
部署内で妊娠した人が今までいなかったため、
認識して配慮してもらえる環境を作るため奔走しました。

ただ妊娠中は、心も体も不安定な時期

つわりは気のせい」「妊娠は病気じゃない」「カラダ太ったよね、力士みたいな歩き方」など

理解されない発言や体型に関することにメンタルが安定しなくなりました。

ただ産休に入れば少し休むことができると

産休を心の支えとして乗り越えました。

この経験で学んだこと
・人それぞれ考え方が違う
・自分を守るために、人を傷つける人もいる
・社会人は自分のメンタルを守れるのは自分のみ

辛い経験でしたがこの経験がなかったら、私が行動する強い理由の一つにはならなかったので今では感謝しています。

 

妊娠・出産・子育て・復職「女性に立ちはだかる高い壁」

妊娠 〜カラダの急激な変化〜

妊娠がわかった時、純粋に嬉しかった!

それと同時に「こんな人間的に未熟な私が親になれるだろうか?」

「子どもに愛情を注ぐことができるだろうか?」

嬉しさと同時に不安が募っていきました。

でも一度妊娠したら、赤ちゃんの成長は止まりません。

どんどん大きくなるお腹に手を当てて

がんばろう…頑張ろう…と自分を応援していました。

そして胎動がわかるようになると余計に不思議な感覚に襲われました。

自分の意思と関係なく動く生命体が怖くなったんです

そう思いながらも少しでも良いお母さんになれるよう

育児書やSNSを読み漁りノウハウばかり集めるようになっていきました。

きっと不安な気持ちを打ち消すように知識を入れれば
少しは安心できたからだと思います。

妊娠を経験したことで
赤ちゃんが産まれるまでお腹の中でつわりや体調不良が
こんなに大変だなんて知らなかった。

 

出産 〜生死を彷徨う〜

出産に向けた準備をする中で元々心臓が悪かったこともあり
かなりしっかりとした検査をして先生の大丈夫という太鼓判をもらいやっと臨月に突入!

破水から始まり、待ちに待った出産。

幸せから一気に長い絶望の1日が始まる

陣痛は初産にしては、安産の6時間で出産。

小さくて壊れそうなぐらい儚いわが子を抱っこした時

嬉しくて嬉しくて、守ってあげなきゃって思いました。

そしてこの子と旦那と3人でもっと幸せになるんだ!と決めました。

出産までは順調だった。
その後、胎盤が出てこない…

胎盤が子宮にくっついて剥がれなくなっていました。

そして子宮が体外へ

傷ついた箇所から大量出血…

身体がどんどん冷たくなる感覚を今でも覚えています。

そして意識を保ちたいのにどんどん遠のいていく感じ。

耳だけは聞こえてるのに体が動かず声が出ない。

わが子が生まれてこれから今よりもっと幸せになるはずだったのに

両手から幸せがこぼれていく感覚

それはもう『恐怖』でしかなかった。

まだこれからやりたいことがたくさんあって

行きたいところもあって、人生まだ終わりたくない!

死にたくない!と心で叫びながら意識が飛びました

再び目覚めた時は、ICUで人工呼吸器をつけ挿管された状態でした。

カラダの節々が痛かったけど、

自分がまだ生きていたことに気持ちがグチャグチャでずっと泣いていました。

生還したことに感謝

生きることに対して私は、意外としぶといかもしれません🤭

死にかける経験をしたことで
年齢に関わらず、人生って儚いものだと強く感じました。

だからこそ後悔するような人生を選んではいけない
と自分の考え方が変化したきっかけになりました。

しかし、漠然と今のままではダメだ!とわかっていつつも行動できない自分がいました。

子育て 〜毎日成長の連続〜

体調も落ち着き、子育て開始!

新米ママは、わからないことだらけ。

知識をたくさんインプットしても実践でうまくいかない…

毎日、頭の中は子供のことだらけ…

「なんでミルク飲まないの?」「どうして泣いてるの?」
「成長曲線に当てはまらない」

少しでも基準と離れると

母親なのにどうしてできないのか…」とプレッシャーに押し潰されそうになっていました

情報がありすぎて

SNSをかなり徘徊して答えを見つけようと必死に毎日を過ごしていました。

それでも子ども中心の生活は、小さな成長の連続で

大変ながら楽しく子育てができました。

子育ては大変だけど楽しい!

子どもに対して母親は無性の愛を与えるっていうけど
実は子どもから無性の愛をもらって母にしてもらっていた
今では思っています。

 

復職 〜働き方に違和感〜

子どもが1歳で復職。

実をいうと、復職が来ないで欲しかった。

大変なことはわかっていたから。

でも仕方なく復職。

短時間勤務を申請し、当直や休日時間外出勤を一時的に免除してもらいました。

部署内で初めての取り組みということもあり

風当たりが厳しかった…

早く帰れることが羨ましい。免除されていることは不公平

子どもが熱で保育園から呼び出しの電話があり、早退する時は

「ずるい」、「優遇されすぎ」など言われ、

仕事に穴をあけることで、申し訳なさを感じ私が謝れば、

もっと攻めてもいいと思ったのか言葉が強くなり、本当に辛かった。

上司に報告しても、真摯に受け取ってもらえず流され、改善されない職場環境。

人を助けるための医療現場でこんな人たちがいることに嫌気がさしてしまいました。

辛いのは職場だけではない

子どもを迎えにいくと離れていた寂しさを埋めるため

ずっとママ、ママ、ママと甘え泣き続け、

子どもに「ごめんね…寂しい思いをさせて」と伝える日々

生活するために働かないといけない。だから子どもは

保育園に行ってもらうしかないと思い込んで、

「ごめんね…」しか言えなくなってしまっていました。

大変だけど、幼少期から思っていた

安全安心の道を歩むために仕方がないと思っていました。

女性にはいくつも高い壁がある

「妊娠・出産・子育て・復職」

頑張ろうとするほどうまくいかない負のループ

女性がもっと働きやすい社会になれないといけないと強く感じました。

私みたいに辛い思いをする女性を少しでも減らせたら良いなって漠然と思うようになりました。

でも一般企業で働いたことのない私は別業種に転職する勇気も

一応、社保で福利厚生が整った病院を辞める決意はできなかったんです。

どうせ新しいことを始めても今の収入から下がってしまうことは分かりきっていたという理由が大きかった。

きっと「安心・安全」という仕事の生活基盤を失って
今の生活や将来のお金の不安を作りたくなかったからです。

行動した方がいいと頭では理解していても

実際今の環境を大きく変える勇気は私にはまだありませんでした。

私の中で安心安全の考え方が崩れた…

働き続けることがほんとの正解?

周りの理解がないと子育てをしながらフルで仕事をすることは難しい。

同じ職場で騙し騙し働いていたんですが

ついに人が足りず、当直や休日時間外勤務再開。

近くに頼れる両親もいなかったため

夫婦2人でなんとかするしかない状況になってしまいました。

もともと旦那も夜勤や休日勤務勤務がある病院職。

その結果、家族みんなで過ごす時間は少なくなっていきました。

私が仕事で夜家を空けることが増え子どもたちは、

玄関でママの靴があるか無いか確認するようになりました。

「ママの靴がない…」「まだ帰ってこないね…」
「寝て起きたらママ帰ってきてるかな?」

私が夜勤の日は、
朝弱い子どもたちが早朝起きて玄関まで走り、ママの靴を確認する。

5歳と2歳の子どもが月に何度もそんな日を過ごしていたある日、

ママがいないという不安が溜まって

夜うまく寝れなくなってしまったり

保育園で問題行動を起こすようになってしまいました。

保育園からの連絡…
「最近、保育活動に消極的で無気力の状態がよくあります。」
「お友達に手をあげたり、急に泣き出したりします。家庭での様子はどうですか?」

家では寂しそうでもいい子だったので連絡を受けびっくりしました。

典型的ですよね…

私の求めていた安心安全ってなんだったんだろう…?

ついにわからなくなりました。

子どもとの時間を犠牲に寂しい思いをさせてまで
一応福利厚生の整った病院で働き続けること?

ハラスメントのような言葉を言われても
気にしないで働くこと?

独身だったら思わなかった考え。1人なら大丈夫でも、

自分の環境が変わったことで、今までの常識が非常識になってしまった。

小さな違和感や経験した一つ一つのピースがはまってやっと行動に移すことを決意

私が望んで家庭を作り、子どもを産んだ。

常に自分が思う最善を選んできたのに子どもに影響が出てまで

今にこだわる必要はなかったことに気がつきました。

転職したけど…

家族のこと、子どものことを考え自分のためにも転職

「転職すれば、夜家を空けず子どもたちと一緒にいられる!」

「今の働き方よりは子どもと向き合う時間が取れる」と思い転職を決意。

でも社会は甘くなかった…

専門職でしか働いたことのない私にとって、社会人経験はゼロに等しい。

求人はほぼなし or 給与が最低賃金レベル

仕方なく同業種で働き出しました。

仕事内容が大きく変わることがないので比較的楽でしたが

収入はガクッと下がった。

もともと安心・安全の環境でいることに心地よさを感じるタイプだったので

危機感を覚えました。

「転職しただけでは安心の生活送るための収入が得られない」

収入が下がれば生活に直結します!

「このままじゃ生活が成り立たない💦」

「これ以上外に出て働けない」「家にいたい」「子どもたちとこれ以上離れたくない」

そう考えた時、在宅で仕事ができれば…

・家で子どもたちと一緒にいられる
・本業を続けつつ+aの収入が得られる
・本業の収入軸がありながらスキル習得ができる

「在宅ワークは自分の理想が叶う理想の働き方だ!」

子どもたちや家庭を大切にしながらスキルアップができる✨

そう思い在宅副業を始めます!

30代からの挑戦「崖っぷちの環境からの脱却」

後に引けない状況。

今行動しなければ私自身が子どものこと、家庭のことで後悔すると思い

やっと一歩踏み出すことができました。
(頭でわかっていても数年行動できなかった私…)

私の土台は、いまでも安心安全な人生を送りたいと思っています。

幼少期〜学生時代の時に染みついた考え方はなかなか変えることは難しいです。

そして行動すると言っても何から始めたら良いかわからない人間です。

だからまず、できることを増やすために副業から始めました。

本業を辞めて転身なんて収入面で怖すぎる!

でも在宅副業が軌道に乗れば人生の選択肢が増えます。

自分のこれからの人生のために!家族の将来ために動きます!

今が人生で一番若い時!
まだ30代前半なら0→1を達成しのその後の人生を大きく変えることができるはず!

ただ家族との時間を大切にしたいし、子どもとの時間も確保したいから
私は、時間や労力を提供して収入を得る作業者にはなりたくない!と考えました。

時間や労力を提供して収入を得る作業者になると、
家族との時間・子どもたちとの時間が減りただ忙しいワーママになる。
それは求めていません!

だからこそ作業者ではなく、自分のスキルや価値を高めて
報酬を得る道としてWebマーケティングを学びます。

「やるかやらないか」悩む(やらずに後悔 やって後悔

なぜWebマーケなのか

「Webマーケティング」とは「商品の企画 → 集客 → 販売」の流れの中で

「モノ・サービスが売れ続ける仕組みを作る」までの全トータルプロセスのこと。

ビジネスのほぼすべてのプロセスがマーケティング活動になる。

ビジネスの土台となるマーケティングスキルは、

在宅で学びながらキャリアを積むこともでき

一般企業で勤めたことがない私でもこれから発展していく事業なら作業者にならず

新しい可能性を広げられるかもしれない!

しかも、そのスキルが中長期的に役に立ち家族との時間も作りことができる。

私の目標により早く近づくことができると思いました。

最後に…

冒頭でもお話ししましたが私の1年後の目標は

Webマーケティングスキル0から本気で勉強して、
1年後に在宅副業で月収20万円達成すること

そして在宅ワーク収入だけで人生の選択肢を増やす未来を見せていきます。

きっと私のように働き方を変えたいけど

・失敗した時のことを考えてしまう

・何から始めたらいいかわからない

・働き方の可能性を広げ、選択できるようになりたい

このようなお悩みを抱えている人はたくさんいるのではないでしょうか?

安定志向だった今までの私は、絶対チャレンジしなかったと思います。

でも今は違います。

自分で決めた目標を達成するための新たな人生を歩みます。

そしてその姿を子どもたちに見せ、背中で語りたい!

このブログでは、入会したスクールでマーケティングのプロから学んだ知識や経験をシェアし、

私がWebマーケティングを学び実践してどのように変わっていくかを

赤裸々に伝えていく予定です。

死にかけて絶望を知ったからこそ
人生まだまだこれから変われること証明します!

このブログが読者の皆さんにとって、楽しみながら役立つ情報となり、

共感や勇気を与えられることを願っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました✨

さやか